『アド・アストラ』 共和政ローマを恐怖の底につき落とす


“一頭の羊に率いられた獅子の群れは怖くない
私が恐れるのは一頭の獅子に率いられた羊の群れだ”


この言葉はアレクサンドロス大王のものと伝えられている。

漫画『アド・アストラ』の舞台は、紀元前3世紀。ローマ侵略を企むカルタゴ軍と、共和制ローマが対峙する第二次ポエニ戦争にフォーカスしている。カルタゴの名将ハンニバルは戦略の天才であり“ローマ史上最大の敵”として語り継がれている。その彼を迎え撃ったのはローマの指揮官スピキオだ。ハンニバルは象に乗り、アルプス山脈を越えてローマに攻め入った将でも名高い。

歴史漫画といえば日本の戦国時代を舞台とした『センゴク』などは膨大な資料による徹底再検証によるリアリティある新たなストーリーを展開している。(騎馬隊突撃は合理的戦術ではない。馬は追撃や逃走などの移動手段。この時代は弓が一番の死因など)

この徹底検証によるメリットは、私達を現実から戦場へと引き込む臨場感が増大することだ。しかし、『アド・アストラ』はこれに留まらない。

ハンニバルは数と建設技術で勝るローマ兵を相手に、自然の地形と人間の心理を利用した包囲戦術で、たびたびローマ軍を壊滅に陥れる。

獅子に率いられた魔術・神秘的な戦闘力を持つハンニバル軍と、その戦術を科学的に解明していくサイエンティストとしてのスキピオは対比的に描かれる。物語 が進むにつれ、負け戦からスキピオは戦術を吸収し、やがて自分でも応用するようになり、ハンニバルにとって最大の敵かつ最高の理解者でもあるというライバ ル関係にまで発展する。登場するキャラは敵味方問わず知将・猛将・ローマと険悪ながらも従うガリア人。味方でもチームワークを乱す人材などだ。現代社会と同じである。
 


※アド・アストラ 4 ─スキピオとハンニバル─ より

全体を通じて、絵が緻密で綺麗なので漫画をあまり読まない人でも手軽に読める。また巻が進むつれ画力も上昇しており、6巻あたりになるとスキピオが こちらを睨むアルフォンス・ミュシャ風に装飾された挿絵などもあり、これ一枚でも見応え充分だ。線が細いタッチなので、女性でもストレスなく楽しめる。

本作品は失敗を重ねながらも、あらゆる可能性を見出して成長していくエンターテイメントとして昇華されている。7巻では、スキピオがハンニバルから包囲戦術をくみ取り、ついにハンニバルの常套手段でもってカルタゴ軍を初めて撃退する。

事実は小説よりも奇なりとは、まさに第二次ポエニ戦争である。壮大で圧倒的なストーリーは、作者の想像力だけで描ける範囲をはるかに超えている。この史実をドラマチックに描ききる著者カガノミハチは、初の連載作品というから驚きだ。


アド・アストラとはラテン語のper aspera ad astra(困難を克服して栄光を獲得する)という、ローマの哲学者・セネカの言葉から採られている。第1巻の帯にも荒木飛呂彦絶賛!とあったが、真偽はともかく注目の漫画であることは間違いない。


アート書評『美貌格差』生まれつき不平等の経済学



現代社会において、親の年収、生まれ持っての美貌、また育つ環境など本人の努力では埋められない格差は確実に存在する。

それでも生き方の自由は保持されており、美貌を持つ人がさらに戦略を持って生きるのも自由だし、反対に美貌を持たざる人が徒手空拳的に人生に臨もうが、生き方自体は(程度によるが)否定はされず自由に選択できるといえる。

よく「ブサイクは意外と性格が悪いよ」「美人のほうが素直でいい子が多い」などという論議があるが、これは正義とか道徳的な話ではなく、確実なのは人は誰しも容姿について強い興味があり、本書ではそれらが引き起こす格差が存在するという事実を論じている。

本書では客観性をもって人の容姿・美形がどのように社会のステイタスに影響を及ぼし、そのお得度合はどの程度なのかを科学的に測定している。例えばCEOの容姿は企業業績に影響するのか?など。私達が生きる社会において容姿というのは、給料から就職から選挙、結婚まで幅広い範囲に影響していることがわかる。

そのため事実にもとづくデータや数字や経済学が好きな方、または美意識が高い方もしくはコンプレックスがある人にとりわけオススメだ。

著者のハマーメッシュ氏は米国でルックスについての経済学を研究し続ける労働経済学の権威。この著者が20年かけて解明した結果を、『ヤバい経済学』・『ブラック・スワン』を手掛けた翻訳者、望月衛氏の文体でズバズバと語られる。身も蓋もない真実が露わになるが、そこはそれリアリティに溢れ面白い。

美形かどうかは会社の業績、選挙の結果、融資の条件、寄付金集めにも影響するらしいが、トップCEOがイケてるほうがその会社の業績は良くなるのかについては、結論からいうとYESだ。欧米のCEOは、見た目コンサルタントを雇い、Photoshopでレタッチしたポスターを掲げ、プレゼンにおける身振り手振りを指導され、なんて例が挙げられるが、この効果は科学的なデータの上でも証明されている。政治家が容姿に時間をかける費用対効果は絶大なのである。

本書の中身を読むまでは、女性だけについてフォーカスしているのかと思ったが、男性がイケメンになると、どれくらい年収が得になるのかも記載されていた。そう、美形だったら人生バラ色なのか?気になるトピックスはこんな感じだ。

第3部 愛、借金、そして法律での美形
第7章 友だち、家族、そして借金の市場における美形
第4部 美形の先行き
第9章 ブサイクの行く末


ブサイクって。また直接的な言い回しだが、全てをさらけ出してしまうのが本書の怖い所でもある。さらけ出すといえば、本書の第4章「特定の職業における美形」においては、ロスアンゼルスやメキシコの美しいが売春婦が周りに比べて、どれだけ稼いでいるかにも数字で言及しているのが興味深い。

本書の表紙はルネサンス期のイタリアの画家サンドロ・ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』だ。歴代Adobe Illustrator起動画面でもお世話になったイメージだ。バージョンがCSになってからは廃止されたが、クリエイターには馴染み深い「美の象徴」である。しかし当時のふくよかを好む美の基準では絶世の美女だが、今の美的感覚ではぽっちゃりなはずだ。その点、時代による美的感覚は著者は至極全うな基準で美を定義している。

お会計の際、私も思わず愛想がよくて可愛い書店員のレジに本を持っていった事実が、本書説のなによりの実証だ。

“土人”の土産か『アートにとって価値とは何か』


パリでいうならルーブルやオルセー、

ニューヨークであればメトロポリタンやMoMA、グッゲンハイム

といった各都市にはこれだ!という代表的美術館がある。

対して日本には「これが日本の美術館だ!」と言えるようなものが無いような気もする。英国データ(The Art Nespapaer:2013.3.28)によると美術館の動員数世界1位は38万点以上のコレクションを所蔵するルーブル美術館がトップで、年間約1000万の入場者が訪れる。ルーブルの入場料は16ユーロなので日本円だと2015年1月では約1703円。トップ10のうちアジアは唯一、台北の故宮博物院がランクインしており、所蔵数は約70万点。他は英国・米国・バチカン・フランスの国でトップは占められている。

欧米の文脈に沿うアートの定義からすると、実は日本の美術館は常設展が弱い。その反面、東京を筆頭に企画展は充実しており印象派の作品から古代エジプト装飾まで世界中のコレクションを次々と堪能できる。

ただ観光で訪れる外国人に対し、古今東西・日本作家の代表的作品群を揃って見せれるイチオシ美術館がないのは寂しい。

本書はミヅマアートギャラリーのオーナーである三潴末雄氏がアートの価値をテーマにした初の著書である。日本の現代アートの価値をいかに国際化するかをモットーにギャラリーを開き、挑戦してきた経緯が纏められている。ミヅマアートギャラリーは会田誠、山口晃、鴻池朋子といった(近年は天野喜孝も加わった)毒と批評精神に溢れた作家を抱える。これまでのギャラリスト人生と日本の文化問題、さらに突破口を語っており、とにかく刺激的な内容だ。

もはや周知の通りかと思うが、日本をはじめ西洋美術史の文脈に沿わない非欧米圏の芸術表現は「アート」の評価軸には乗らないので別物としか見なされない。実は日本人のアートというのは西洋人にとって「土人の土産」同然の感覚であった。(表現は帯のまま引用)

著者がギャラリストへの道を目指すまでの遷移は実にユニークだ。それは20代の頃、マルクス主義を中心とした学生運動の中心として活動していたことにも起因する。父は音楽をはじめフランス文化全般に精通し、日本への紹介役を担っている人でもあった。著者が出会うアーティストは今でこそ名の知れた作家ばかりだが、当初名もない頃から彼等の作品を購入している姿を見ると先見の明がひときわ際立って見える。とにかく文体が熱いため読んでいる間、終始自分に語りかけているような気さえしてくる。

ところで見逃せない芸術の影響力例として2013年千葉のDIC川村記念美術館の「アンナの光」を売却した件がある。これは同館の目玉ともいうべきアメリカ抽象表現の看板バーネット・ニューマンの作品を売却した件であり、数字を羅列するつもりはないが例にあげてみると、当時の売却価格は103億円であった。譲渡に伴いDIC株式会社は特別利益を計上し、業績予想の上方修正をした。その額は64億円に上り、増減率は35.6%に達したという結果だ。大企業の当期純利益を30%以上も押し上げたのは、たった1枚の絵画である事実は驚きだ。

そういった海外の芸術作品が影響力を増す中、著者が生き抜いた四半世紀は、まさに日本人が日本の美術をどうやったら世界に認めさせることができるのかという歴史を巡る旅にもとれる。「東京はインターナショナルなミュジアムが無い国際都市」とウォールストリートジャーナルで著者が批判していたのも記憶に新しい。

その一方、日本の影響で現れたアートの功績についても見逃せない。著者の主張は以下だ。

明治以後、日本は一方的に西洋の影響を受けていた訳ではなく、19世紀後半のロンドンやパリ万博での出展を通じ浮世絵や琳派の表現がジャポニズムとして西洋美術のメインストリームに決定的な影響を与えていたのは事実だ。印象派やアール・ヌーヴォー表現は日本の美術表現がきっかけで生まれたともいえる。これは長い時間をかけユーラシアの極東でハイブリットされてきた日本美術が世界美術史に還流することで、初めて今あるかたちの現代アートの流れが生まれたと言っても過言ではないのではないか。日本人があまり認識せずにいるこの意義は、もっと強調してもしすぎることはないのではないか。
ちなみに日本の美術梱包と輸送技術は世界でも類を見ないほどの最高峰なので、ここも堂々と誇れる点である。

著者が語る「海外から受容した文化をシャッフルし、国内の土壌に合わせて独自に変容させ、日本的なものにつくり変えてしまう」という、日本人のクリエイティビティは本書に多数紹介されているので、アートに関係の無い人が夢中になって読める内容だ。

国内・海外への販路を展開するため具体的手法も掲載されている。グローバルな活動を目指す人に対して、著者の熱いエネルギーが伝わってくる一冊。

ミヅマアートギャラリー
http://mizuma-art.co.jp/

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⇒アートを購入してみようかという方へ
華やかなアート界の裏側を数字と数字以外の影響力を記述し、魅力を伝えてくれる。

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クラウドファウンディングを使用した資金の集め方や海外展の具体的方法が満載。
これ事前に読んでいたら、どれだけ労力を省略できただろう。。 



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