[Autobiography] Why draw pictures

 (c)Fuzuki Arai

 

I started painting when I was 3 years old despite the fact that I had no artists in my family's history. My parents were ordinary working people without a wealthy background. 

 

The place where I was grew up was only known for cucumbers and I didn't like them. Cucumbers were used in every dish.

 

In my childhood I had no toys to play with so when I stayed at home I had my pen and posters from the newspapers. I was too shy and introverted to play with other kids.

 

I used to wander around Shrines because they made me feel safe and at ease. Whenever I went to a shrine it was always quiet and peaceful there. I didn't understand what was this feeling but I kept returning there to escape from the noisy world.


【自伝】絵を描く理由01

 (c)Fuzuki Arai

 

最近、自分の作品がそれなりに理念というか「スタイル」みたいなものが生まれはじめ、取り組むべき課題も見えてきた。

 

このタイミングはちょうど節目だと感じ、自伝といったら大げさだが、今後の作品のため過去の体験を文章にすることにした。

 

私は物心つく前、3歳ころから絵を描いてきた。家族に美術関連の人もいないし、家庭が裕福だったわけでもない。群馬の、いわゆる田舎で生まれた。地元の名産といえば、キュウリとしいたけ。それ以外は何もないところだった。ちなみにキュウリは、毎日食卓にでるから嫌いになった。

 

遊べるオモチャもなかったので、広告の裏に鉛筆で絵を描いていた。画用紙も買わなくてよいし、折込チラシはタダだからだ。

 

私は身長も低くて、内気な子供だった。そして小学生に入るころ、事故で足を怪我し右足の骨を紛失してしまった。それ以降、足全体を石膏で覆い松葉杖をつきながら生活していた。

 

いよいよ家にいても、やることは絵を描くくらいで、一人遊びがエスカレートした。同級生が自転車で、山や川に遊びにいく中、毎日アタマの中で妄想して絵を描いていた。

 

楽しいかどうかといったら疑問だけれども、続いたということは楽しかったのかもしれない。けど、それしか出来なかったというのが近い感覚だった。勉強も運動もできるわけでもない子供は、元気ハツラツで話しかけてくる他の子供達と話すのが難しく、そのうち誰かと絡むのが面倒になっていった。そこでチラシの裏に逃げ場を作った。逃げ場といえば、よく神社にもひとりでいった。静かな場所だったから避難していたのだ。

 


【オススメ本】『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』現コンサルティングの終焉

筋が通った正論に対して、直観が納得しないときがある。

 

本書タイトルでいう美意識は、デザインや広告などクリエイティブに関する領域かと思われがちだが、ポイントはそこではない。

 

近年、英国ロイヤルカレッジオブアート(RCA)など世界有数の美術系大学は、フォードやビザ、製薬会社グラクソ・スミスクラインといったグローバル企業の幹部に対して美術プログラムを提供している。これらを受ける理由は、数値化が容易でなく、論理だけでは問題点がはっきりと浮かびあがらない状況について、意思決定の判断力を鍛えるためだ。

 

著者は経営戦略コンサルティングの業界で10年間働いた結果、現在に蔓延するサイエンスベースのコンサルティングは限界を迎えたと述べている。そのため本書では、抽象度の高くなりがちなアートとデザインが、ビジネスにおいてどう影響をもたらすのかを具体的なエビデンスでもって明文化されている。

 

本書いわく経営において、アートとサイエンスとクラフト(経験に基づく知識)がそれぞれ主張すると、サイエンスとクラフトが勝つ構図となっている。ビジネスにおける意思決定では、論理と直感の対決では論理が勝つからだ。そして、理性と感性においては理性が優位となる。

 

つまりサイエンスの立場でアートを批判することは容易であるが、その逆は難しいということになる。コンサルティングのマッキンゼーが画期的だったのは、それまで経験値に基づいたクラフト型の企業意識の決定権に、数字を用いたサイエンス式を導入したからだ。「なぜこうなるか」を説明できるアカウンタビリティーがサイエンスの最大の強みだったからである。

 

そして企業活動は、様々な評価指標(KPI)によって計量される。そのやり方はコストとスピード重視であり、数値で表され、他の企業もコピーが可能である。しかし、どの企業も分析重視で舵をとるあまり、結果どこも同じような解に進むコモディティ化が進んでしまった。ならば最初から問題点を解決しにいくアート・デザイン的思考が、最善の回答に近づくのではないだろうかと筆者は検証を重ねた。

 

しかし歴史を振り返れば、過去の優れた意思決定の多くは、感性や直感に基づいていることが多い。絵が描けることは、実際にビジョンが描くパフォーマンスが高いと言う統計結果があるが、そういえば20世紀において強力なリーダーシップを発揮した2人の政治家、ウィンストン・チャーチルとアドルフ・ヒトラーも絵描きだった。

 

ちなみにアーティストでない人にとってドローイングは、目に映る物事の再現または空間における外形をとらえる作業と思われがちだ。しかしドローイングは開発ツールである。即興的に構造化された思考をマッピングする方法としては最速だと実感する。

 

ユニクロにおける佐藤可士和氏や、良品計画におけるアドバイザリーボードの存在など、経営者は近年コンサルタントではなく、デザイナーやクリエイターを相談相手にしている。デザイナーは混沌とした現状を認識し、エッセンスをすくい取って、後は切り捨てることが得意だからだ。そのエッセンスは視覚的に表現すればデザインになるし、文章に表現すれば会社のコピーになる。それはもちろんビジョンや戦略にもなりうるのが容易に想像できる。

 

“芸術の役割は見えるものを表現することではなく、見えないものを見えるようにすることである”

パウル・クレー(1879-1940)

 

本書では、美意識の高い(直観力のある)人間をトップまたは決定権を有するポジションに据え、両脇をサイエンスとクラフトで固めパワーバランスを均衡させるのがよいと語る。アート/デザインの部分の直感が先行指導し、サイエンスが補強する形、つまりコンサルティングを本来の意味で利用するのだ。

 

本書では企業が論理に偏りすぎていたことに警鐘を鳴らしている。もはやマッチポンプ的コンサルティングは終焉を迎えたのかもしれない。となると生産性や効率性の状況に危機感を持つことが、問題解決への第一歩となるのではないだろうか。本書はその舵取りにおける判断材料のひとつに加えても良いだろう。



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