『わたしが芸術について語るなら』

芸術についてやさしく語る
本書はもともと児童向けに出版されていた本だが、美術についてあまりにもわかり易く深い内容の為、そのままのわかり易さで大人版が出版された。その為、どうもアートは難しいと感じている人に特にオススメする。著者は日本画家として知られ京都造形芸術大学学長を務める千住博。ヴェネツィアビエンナーレや羽田空港で発表した「ウォーターフォール」の作品で一躍話題となった。

これまで芸術/美術を説明する本は、難解な言葉で読者を煙にまく事が多かった。海外の思想を引用して説明され「知らないお前が悪い」と指摘されても、大半は「なんのこっちゃ」と感じるだろう。これでは芸術が人々から遠のいてしまう。著者は「美」というのはそもそも生きる事と密接しており、生活の豊かさを表していると説く。

美という字の構成は「羊」と「大」だが、羊といえば文明の誕生と同時に羊飼いという職業はあった。羊は人間にとって肉は食事になり、毛は服になり、一緒にいればかわいいなとペットとしても心がやすらぐ。つまり大きな羊は心を豊にするのだ。美術とは人の心を豊かにする術だと著者は冒頭からやさしく説明する。

それを意識すれば生活がどう「豊か」になるかで世の作品の見え方が違ってくる。また印象に残る言葉として、筆者は優先順位をつける事を進めている。1番大事な事、2番目に大事な事、4,5番目はどうだっていいじゃない、と。「秩序ある混沌は必ず人を立ち止まらせる」「すぐれたデザインはもっとも無個性なものだ」(グロピウス)など、作品創りにおいて、大切なテーマが目白押しである。

使用する例は極めて簡単だが、難しいテーマを自身の経験と世界の芸術家の例をあげ深く説明しているので、何度も読みたくなる。仕事と金儲けに専念することなく、人々の心に貢献できる豊かな方には是非読んでほしい。

『参謀は名を秘す―歴史に隠れた名補佐役たち』

真の参謀とは何か
いま軍師や兵法を仕事に生かそうとする本が溢れているが、実際の参謀はどうだったのか。本書では参謀や軍師達は、戦闘や外交において本当にどれだけの仕事をしたのかを色をつけずに検証している。このため自慢話中心のビジネス書を読むくらいなら、本書を読む事をオススメする。

参謀の仕事はトップに対しての情報収集・分析・複数提案であり、トップはこれらを判断し決定する役割だと著者は述べている。だが参謀が力を発揮しすぎてフロントに表れてはいけない。このパターンは国が滅びる危険性を多く含む。本書では駿河国の今川義元における太原雪斎をその例としてあげている。雪斎は戦術以外にも外交に優れ、また戦闘時も前線に出撃し、風貌は弁慶の如く派手であり大名さながらに指揮をした。義元は当主に推薦してくれたこの僧に対して恩があり、制する事ができなかった。家臣の間には「雪斎様は出過ぎである」と不平不満が募る。

また一方、大阪冬の陣において豊臣側として参戦した真田幸村はどうか。確かに彼の発想で築城された臨時の出城「真田丸」は、局地戦では徳川の軍勢に打撃をあたえているが、戦争自体には負けている。参謀が自分のエゴにとらわれているようでは、大局を眺め勝利に導くブレインには程遠い。

本書はこの点をふまえ、現代では参謀とトップの機能を合わせる事が重要と述べている。毛利元就は参謀とトップの役割を一人でこなした。その中でも1番大事にしたのは、三本の矢に示される結束力である。元就は結束力において末端の足軽まで集中したように、著者はブレイン自体を社員全員に組み込み、ひとりひとり参謀の頭脳を持つべきだと論じている。結束力を持った参謀チームの作り方は数々のパターンを紹介しているので、本来の参謀の力をこの本を通じて大いに活用してほしい。


『閃け!棋士に挑むコンピュータ』

人工知能VS人間
将棋指しは人生の時間の大半を棋盤に向かい頭脳の鍛錬に費やす。日本将棋連盟会長の米長邦夫はかつて3人の兄に対し「兄たちは頭が悪いから東大に入った。自分は将棋指しになった」と矜持の言葉を残している。また柴田ヨクサル『ハチワンダイバー』ではプロ棋士である鈴木大介八段が監修しているせいか、将棋の世界に魅了され没頭している棋士そのままを疑似体験できる。

本書では将棋ファンにとって歴史的な対局となった「清水市代女流王将 VS あから2010」の舞台裏と、その対戦の臨場感を味わうことができる。情報処理学会が創立50周年記念事業として将棋連盟へ挑戦状を突きつけた。その結果、女流王将の将棋に対する想いと最強のコンピューターを目指す開発者のプライドに火をつける事になる。

意外かも知れないが将棋ソフトは弱いイメージであった。1985年、ファミリーコンピュータに初の将棋ゲーム『内藤九段 将棋秘伝』が登場したが、当時小学生の私でさえ正直あまり強くないと感じた。プログラムは無論AIではなく、思考パターンは同一判断である。勝ちパターンがわかればわずか9手で詰むことができた。

将棋におけるコンピュータの思考法だが、まず棋譜に対し全手を読んでいない。ゲームの展開数は10の226乗であり、10手の時点で1073京7418兆2400億という膨大なパターンとなる。これではさすがに最速コンピュータをクラスタ(併合配置)で集結処理しても、すべての手を読む計算はとうてい不可能だ。

ではこの状態からソフトをどう強化するのか。本書では見事に説明しており、余計な手を読まない効率良いプログラムを組むのだ。その際、金や銀の駒に位置情報や攻撃・守備ステイタスの評価関数を複数設定する。複数の意見は1位〜4位まで投票制で割り出され1番多い票が決行される。この判断の設定は人力をもって1つづつ調整され、コンピュータといえども情熱と気合いで強くなっていった。また開発が進むにつれソースコードはネット上で公開され、プログラム振り分けのアイデアと処理速度の技術が高められていった。

驚くのはプロ棋士の思考は、一瞬で約3手に絞りこむ。この直感とひらめきが、長年棋譜上で戦ってきた成果だ。清水市代は父から将棋を通じて礼儀作法を学んだ。実際に「あから」と対局した際、はじめの挨拶において相手は反応が無い。当たり前だが、そんな些細な事に清水は動揺してしまう。清水にとって将棋は対話であり、勝敗よりも一緒に棋譜を作り上げたいのだ。

この立場の違いも読み進めるにつれ、お互いが歩みよる形となる。後半、清水は「初めてコンピュータと心が通った」と伝えている。将棋を知らなくても充分にドラマを味わう事ができるので、対戦結果を知らなかった方もぜひ本書で体験してほしい。


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