『参謀は名を秘す―歴史に隠れた名補佐役たち』

真の参謀とは何か
いま軍師や兵法を仕事に生かそうとする本が溢れているが、実際の参謀はどうだったのか。本書では参謀や軍師達は、戦闘や外交において本当にどれだけの仕事をしたのかを色をつけずに検証している。このため自慢話中心のビジネス書を読むくらいなら、本書を読む事をオススメする。

参謀の仕事はトップに対しての情報収集・分析・複数提案であり、トップはこれらを判断し決定する役割だと著者は述べている。だが参謀が力を発揮しすぎてフロントに表れてはいけない。このパターンは国が滅びる危険性を多く含む。本書では駿河国の今川義元における太原雪斎をその例としてあげている。雪斎は戦術以外にも外交に優れ、また戦闘時も前線に出撃し、風貌は弁慶の如く派手であり大名さながらに指揮をした。義元は当主に推薦してくれたこの僧に対して恩があり、制する事ができなかった。家臣の間には「雪斎様は出過ぎである」と不平不満が募る。

また一方、大阪冬の陣において豊臣側として参戦した真田幸村はどうか。確かに彼の発想で築城された臨時の出城「真田丸」は、局地戦では徳川の軍勢に打撃をあたえているが、戦争自体には負けている。参謀が自分のエゴにとらわれているようでは、大局を眺め勝利に導くブレインには程遠い。

本書はこの点をふまえ、現代では参謀とトップの機能を合わせる事が重要と述べている。毛利元就は参謀とトップの役割を一人でこなした。その中でも1番大事にしたのは、三本の矢に示される結束力である。元就は結束力において末端の足軽まで集中したように、著者はブレイン自体を社員全員に組み込み、ひとりひとり参謀の頭脳を持つべきだと論じている。結束力を持った参謀チームの作り方は数々のパターンを紹介しているので、本来の参謀の力をこの本を通じて大いに活用してほしい。


『閃け!棋士に挑むコンピュータ』

人工知能VS人間
将棋指しは人生の時間の大半を棋盤に向かい頭脳の鍛錬に費やす。日本将棋連盟会長の米長邦夫はかつて3人の兄に対し「兄たちは頭が悪いから東大に入った。自分は将棋指しになった」と矜持の言葉を残している。また柴田ヨクサル『ハチワンダイバー』ではプロ棋士である鈴木大介八段が監修しているせいか、将棋の世界に魅了され没頭している棋士そのままを疑似体験できる。

本書では将棋ファンにとって歴史的な対局となった「清水市代女流王将 VS あから2010」の舞台裏と、その対戦の臨場感を味わうことができる。情報処理学会が創立50周年記念事業として将棋連盟へ挑戦状を突きつけた。その結果、女流王将の将棋に対する想いと最強のコンピューターを目指す開発者のプライドに火をつける事になる。

意外かも知れないが将棋ソフトは弱いイメージであった。1985年、ファミリーコンピュータに初の将棋ゲーム『内藤九段 将棋秘伝』が登場したが、当時小学生の私でさえ正直あまり強くないと感じた。プログラムは無論AIではなく、思考パターンは同一判断である。勝ちパターンがわかればわずか9手で詰むことができた。

将棋におけるコンピュータの思考法だが、まず棋譜に対し全手を読んでいない。ゲームの展開数は10の226乗であり、10手の時点で1073京7418兆2400億という膨大なパターンとなる。これではさすがに最速コンピュータをクラスタ(併合配置)で集結処理しても、すべての手を読む計算はとうてい不可能だ。

ではこの状態からソフトをどう強化するのか。本書では見事に説明しており、余計な手を読まない効率良いプログラムを組むのだ。その際、金や銀の駒に位置情報や攻撃・守備ステイタスの評価関数を複数設定する。複数の意見は1位〜4位まで投票制で割り出され1番多い票が決行される。この判断の設定は人力をもって1つづつ調整され、コンピュータといえども情熱と気合いで強くなっていった。また開発が進むにつれソースコードはネット上で公開され、プログラム振り分けのアイデアと処理速度の技術が高められていった。

驚くのはプロ棋士の思考は、一瞬で約3手に絞りこむ。この直感とひらめきが、長年棋譜上で戦ってきた成果だ。清水市代は父から将棋を通じて礼儀作法を学んだ。実際に「あから」と対局した際、はじめの挨拶において相手は反応が無い。当たり前だが、そんな些細な事に清水は動揺してしまう。清水にとって将棋は対話であり、勝敗よりも一緒に棋譜を作り上げたいのだ。

この立場の違いも読み進めるにつれ、お互いが歩みよる形となる。後半、清水は「初めてコンピュータと心が通った」と伝えている。将棋を知らなくても充分にドラマを味わう事ができるので、対戦結果を知らなかった方もぜひ本書で体験してほしい。

『弓と禅 改版』

オイゲン・ヘリゲル
福村出版

禅問答

弓道場は心がすずやかになれる場所だ。花や茶の道と同じく幽玄の世界を垣間見る事ができ、その間は普段の仕事や日常生活を切り離すことができる。

著者は大正時代の終わりに大学教授として日本に滞在していたドイツ哲学者である。映画『ベスト・キッド』ではないが、師範の元で鍛錬を通じ禅を学ぶ記録となっている。ここで登場する弓矢の名人とは、剣聖ならぬ弓聖と称された阿波研造。彼の射法はテクニックではなく精神性を突き詰めた事で名高い。しかし理屈が先攻する著者と、体現で諭そうとする師では禅問答においてすぐに衝突してしまう。

師による教えは「空と一体になる」など言葉が漠然としており、かつ難解だ。私も段位を所持している。著者と同様に言わんとする事はぼんやり想像できるが、体現はなかなかできない。ただ弓の知識がなくとも、読み手に「諸行無常」や「無」などの興味があれば絶対に面白い内容なのでオススメである。

さらには以下の「的を狙うな」の話はとても興味深い。もちろん信じられない人もいるだろうが、私は奇跡を信じる人間だ。

矢が的に当たらない日々が続くヘリゲルに対し、ある日師は「あなたは的を狙いすぎている」と伝える。弓矢とは、一体になった境地の時に既に矢は放たれ結果的に命中しているものだと説く。

ヘリゲルは理解できない。「では、師は目隠ししていても当てるのですね」と食いかかる。しかしその言葉には動じず、悠然と言う「今晩、私の家を訪ねなさい」。答えは家の庭にある弓道場で証明された。漆黒の中、30m先の的近くに蚊取り線香を炊き、師はいつもどおり矢を放つ。すると直後に闇のむこうででタン!と命中音が聞こえた。

「ここまでは技術により出来る事。これからさらに上の世界をみせる」

再度、暗闇の中に矢を放つ。先程とは違いガキッと鈍い音を立てた。実は2本目の矢は1本目に刺さったの筈(はず:矢の後方部分)に命中していたのである。衝撃を受けたヘリゲルは以降、さらに修練を積むようになったという。

今のは本書で紹介している禅問答の一部である。他にもどんどん紹介したいが、現代に通じる普遍の教えが多数ある読み応え充分だ。だが悲しいかな、このような良書は国内では弓道関係者しか知られてない場合が多く、むしろ海外のほうが認知度が高い。(ドイツ人達と話をすると案外ヘリゲルの話題がでてくる)日本人が持つ禅/幽玄の世界に浸れる数少ない一冊なのだ。


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