【オススメ本】『地図の物語』創造力の拡張

住居の間取図を見て楽しめる人がいるように、地図を見てその先の光景に思いを巡らせ楽しめる人もいる。地図上から読み取れる地形や街、河川の形状などから、その場所や住む人間達を想像し、あたかも自分もそこにいるような思いを馳せれる心地よさがあるからだ。

 

本書はナショナルジオグラフィックから出版された地図を纏めた一冊である。太古の地図から、空想世界の地図、大遠征や探検の地図、衛星写真の地図まで、人々がどのように世界を捉え、想像し、工夫し、活用してきたかを美しい図版でたどることができる。  

 

マンモスの牙に描かれたパブロフ図

 

冒頭に紹介された写真で目を見開いてしまった。マンモスの牙に描かれた「パブロフ図」。紀元前2万5000年とあるが実はこの図自体、地図かどうか今も議論がなされているそうだ。もし本当に地図だとすれば、これまで最古と考えられてきた紀元前700〜500年頃の古代バビロニアの粘土板(イラク出土)よりもずっと以前の制作物となる。地図とみなす人たちは、チェコ共和国パブロフ市近郊の地図と主張しており、彼らにすると稜線や斜面の浸食まではっきりと表現されているらしい。

 

飛行機によりわずか数時間で大陸を横断し、地球から宇宙を眺めることのできる現代の私たちには、本書で紹介されるような古代人の世界観が理解できかねる。この時代は海を渡ることなど想像外で、自分達が住む陸の形すらよくわかっていなかったはずだ。地図とは、そもそも多くの用途として目的地への経路である。しかし、ときには政治的に利用できる地図もあり、一方で、そこに地図の面白さや魅力を感じてしまう。


 

ヨアン・ブラウによる『大地図帳』

 

世界地図の傑作としてはブラウの地図があげられるだろう。ブラウはオランダ東インド会社の公認地図製作者で、会社が持っていた情報を好きなだけ利用できた。彼が生きた17世紀は地図製作がブームとなり、この地図は当時ひときわ高い完成度となった。ブラウの出版した『大地図帳』は全11巻4608ページにもおよび、594点の地図が収められている。よく見ると北米大陸の北西側は未開拓なのか空白となっており、南極大陸も不確定要素が多いのか描かれていないのも興味深い。


 

 

レオナルド・ダ・ビンチによるイモラの市街図

 

こちらはレオナルド・ダ・ビンチ作。レオナルドは1502年すでに平面図に着手していた。この図は城壁、通り、河川、建物、畑をインクと水彩絵の具で描いたものだ。細かく観てもディテールに正確性があり、とにかく精度が高い。レオナルドは結び目のあるロープやオドメーターを手に歩きながら距離を実測し、縮尺で表したそうだ。彼の存在は、いつでもフィールドを超えて私達の前に表れてくる。

 

メンドーサ絵文書

 

思わずこれが地図?とこぼしたくなるのは、1540年代に描かれたアステカ王国の首都テノチティトランの絵図。図の中央、岩から生えたサボテンの下には都市の名前が書かれ、青い外枠は県外であることを示す湖、斜めの青い線は主要な運河を表す。

デザイン要素も多く含まれるこの図が示しているのは、実際の地形ではなく住民たちが考えていた社会のあり方。4つの概念が区画に分けられて表現されている。鷲はウィツィロポチトリ神の使いの象徴であり、この地に都市を築くようにとクルワ・メシカ族に示している場面だという。ということは裏をかえせばクルワ・メシカ族による統治を正当化する図に見えなくもない。人間が天使から啓示を受けているシーンがよく宗教画に観られるが、そのような印象を受けてしまうのは、創り手の意図を考える私だけであろうか。 

 

『二本の道の書』より冥界への道

 

紀元前18〜20世紀。エジプト、ディール・アル=ベルシャで出土した棺の内部を飾る地図。『死者の書』に先立つ『二本の道の書』の一部が描かれ、死者の魂がオシリス神の住む冥界へたどりつくための2本の異なる道を示している。1本は水路(右側青色)、1本は陸路(右側黒色)を表すとされる。中世ヨーロッパ諸国やイスラム以前のアラブ諸国には「地図」という言葉そのものすらなかった。そもそも世界の真の姿は地図で表現できないと考えられていたわけだ。しかし、その反面この図では存在するかどうかもわからない冥界へとたどりつくための方法が記述されている。

 

本書では、そもそも尺度の概念がない地図もある。これらの地図を、地図と言っていいものだろうかという地図も多く登場する。

現状広く使用されているメルカトル図法を今は画一的に使用しているが、グリーンランドの約14倍もの面積があるアフリカを、この2つはほぼ同じ大きさで表示されている。なぜ地図は北を上に描くのか。宇宙では上も下もないはずだ。

 

このような問いかけは「地図とは何か」「地図に何を求めるか」といったことを私たちに考えさせる。同時に時のはざまに消えていった地図はどうなっていったのか。想像は無限に膨らんでいく一冊だ。

 

※画像提供:日経ナショナルジオグラフィック社


【おススメ本】万の心を操る『シェイクスピア 人生劇場の達人』

 

ウィリアム・シェイクスピア(1564〜1616)は、おそらく世界で最も知名度のある詩人であり劇作家だろう。『マクベス』や『ハムレット』などの名作は世界各国でローカライズされ読み継がれ、今でも頻繁にオペラとなり舞台となり上演を続けている。

 

シェイクスピアの演目は20世紀後半まで英国ロイヤル・シェイクスピア劇団が最も権威ある公演と考えられてきた。しかし時代は変わり2006年、蜷川幸雄演出の悲劇『タイタス・アンドロニカス』が同劇場で上演、大絶賛を浴びた。日本で創られたシェイクスピア劇は英国をはじめ世界にも通用すると証明されたが、同時に、シェイクスピア作品は世界各国の文化にまで浸透していることを表しているかもしれない。

 

本書はシェイクスピアが生きた動乱の時代を踏まえ、彼の人生と作風、そしてシェイクスピア・マジックと呼ばれる作品トリックを解明していく。

 

著者は東京大学総合文化研究科教授、かつシェイクスピアを専門に研究。『ハムレットは太っていた!』ではサントリー学芸賞を受賞している。文体は魅力的な講義のようで、広大なシェイクスピアの世界を覗いてみたい人にとってはうってつけのガイドになっている。

 

通説でいうと、シェイクスピアの父は皮手袋商人であり市会議員だ。母は紳士(ジェントルマン)の娘で裕福な家庭環境に育つ。シェイクスピアは当時18歳で26歳の恋人アン・ハサウェイと結婚した(『プラダを着た悪魔』の女優アン・ハサウェイは、同姓同名シェイクスピアの妻アン・ハサウェイにちなむ)。その後、ロンドンへ進出し演劇の世界に身を置くようになり、俳優として活動するかたわら脚本を書き、多くの戯曲を執筆していった。通説と前置きしたのは、ロンドンに進出する約10年の期間は公的記録が残っておらず、シェイクスピア本人が全く別人だったという説もあるためだ。

 

本書ではシェイクスピア本人を知らなくとも充分に楽しめる構成だ。たとえば舞台については、シェイクスピアが活躍した時代の劇場に幕は無かった。テムズ川沿いの円筒形劇場のグローブ座やシアター座なども基本的に観客は立ち見で、平土間に客席が無い状態、すなわち張り出しの舞台だった。今でいう西洋近代演劇と呼ばれるスタイルとなり、劇場に幕が導入されたのは1660年以降。そこから舞台背景や照明が投入されていった。偶然にも日本で能舞台を用いた狂言は、これらの張り出しと同様に柱二本で屋根を支える舞台構造であり、シェイクスピアの時代と構成が一致している。

 

舞台装置がないということは、劇曲で街道のシーンから幕が下がり城のシーンになるといった、いわゆる場面転換が存在しないのだ。なので暗転の必要もない。新古典主義的では写実性を守るため「1日のうちに」、「1つの場所で」、「1つの行為だけ」で完結する劇作上の三一致の法則というのがある。しかしエリザベス朝演劇と呼ばれるシェイクスピアの舞台では、ただ何もない空間をぐるりと回ってもとの場所に戻り、「アーデンの森だ」と役者が言えば場面転換が成立する。ここは狂言でいう「いや、何かといううちに都じゃ」とも置き換えられる。

 

そのため何もない舞台は、設定次第で部屋にもなれば都への街道にもなりえた。この時代、役者の声は影響力が強く、そこから聴衆は様々な世界をイメージしたはずだ。観客は何もない場所にテーブルや月など、想像力を駆使して思い浮かべたに違いない。「万の心を持つ」とシェイクスピアの作品は称されるが、貴族や平民や紳士など色々な立場が登場するのもさることながら、観客の喜怒哀楽における想像力を味方にして、人間の生きる様を映し出したのかもしれない。

 

本書ではテレポーテーションやタイムスリップといった劇曲のシェイクスピア・マジックと呼ばれる手法も『ロミオとジュリエット』などを例に解き明かしている。生まれ育った背景であるエリザベス朝文化の歴史にも言及しているので、ページ毎にはなにかしらの知的興奮が伴う。配役と歌舞伎役者との対比などの考察も興味深いが、個人的にはジェントルマンの本来の意味を知れたことが大きな収穫だ。

 

長きにわたる考察から纏められた一冊なので、シェイクスピアの奥底に流れた思想を少しづつ読み解くには最適な書だ。


【おススメ本】 『若冲への招待』鶏すら鳳凰へ

2006年、東京都美術館で開催されたプライスコレクションにて初めて若冲による本物の群鶏図を見たとき、全身に稲妻が走るような衝撃を受けた。尾長鶏はあまりに繊細かつ優美に描かれ、その崇高な姿はまるで鳳凰のようであり、口を開けて見入ってしまったのを覚えている。


本書は若冲の生誕300周年 を記念し、初めての人にでも楽しく鑑賞できるポイントを紹介したフルカラー入門書だ。現在、東京都美術館で生誕300年記念の若冲展が開催(4月22 日〜5月24日)されているが、早くも入場者10万人を突破したらしい。益々知っておくべきアーティストの一人であるのは間違いない。
 

江戸中期の画家・伊藤若冲は京都の富裕な青物問屋に生まれ、23歳で家業を継ぎながら、40歳で次弟に家督を譲り、異常に緻密な細密画に生涯没頭す る。35歳の時、相国寺にて僧・大典顕常(1719年—1801年)に出会う。若冲という名を得て『動植綵絵』を10年の歳月をかけて完成させた。人知れ ず隠れて寺院の秘密の部屋で超絶技巧を磨き、技を駆使し革新的技法、創造的芸術を探求した。

群鶏図(動植綵絵)

若冲は庭に何十羽もの美しい鶏を飼い、観察と写生を繰り返していた。パターン化された雄鶏の羽根は、植物や花柄をデザインしたイスラム美術のアラベスク文様をも彷彿させる。写実のリアリズムとデザインが絡み合い、現実と虚構が入り混じる。若冲はレオナルド・ダ・ヴィンチと同様、徹底的に描く対象を観察したが、それは鶏を正確に写生する客観性の美ではなく、自分の目に映った主観的な姿ではないか。対象は鶏だが、若冲はそこから先に見える、生命の美しさを描いたのではないだろうか。


浄土宗信行寺 花卉図天井画

浄土宗信行寺(京都市)にある非公開特別文化財の天井絵『花卉図』。85年の人生、最晩年を飾る伊藤若冲167枚の天井画だ。牡丹や梅、菊などありとあらゆる草花が描かれている。美術史家、辻惟雄が若冲の人生と照らし合せて解説している。この天井画の特集は他の若冲関連本にはなく、本書だけの独占企画である。信行寺はいわゆる観光の寺ではなく、多くの檀家によって成り立っていた寺のため、一般公開は考えたことはなかったというが、それが功を奏し保存状態が良く続いていた。2015年に公開されたが、半日以上眺める女性もいたという。


パーフェクト鑑賞講座 「果蔬涅槃図」
 

本書の特徴は、見るべきポイントを端的に解説しているコーナーが随所にある点だ。この果蔬涅槃図という野菜の絵はユニークな作品だが、トウモロコシ を沙羅双樹に見立てていたり、ダイコンに仏教思想を反映させたりと、なるほど、と何度も膝を打つ。見どころが満載で、かつ文体も簡潔でリズミカル。小気味 よくページが進むので、絵に精通していない入門者でも見るポイントが分かりやすく親切だ。

後半には若冲の生涯年表や、若冲の京都をめぐる全23美術館・寺社ガイドも掲載されている。「ちょっと美術史」では、同世代に生きた円山応挙や曽我 蕭白など他の京都で活躍した画家の解説もあり、町人文化の成熟が育んだ京都画壇のルネサンスの要点が学べる。それにしても俵谷宗達や本阿弥光悦も京都で活 躍した。いったい京都には天才クリエイターが何人いたのだろう。

若冲を扱った本や雑誌は数多く出ているのが、専門的なものが多い中、本書はポイントが絞られた良質の編集であり、さながら若冲展に来ているかのよう だ。若冲の生涯に迫りながら、ゆかりの土地である寺の理解も進むため、展覧会に行く前に読めば、より若冲の世界が楽しめるだろう。若冲の胸中を知りたい入 門書としては最適な一冊。

※画像提供:朝日新聞出版



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