【オススメ本】『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』現コンサルティングの終焉

筋が通った正論に対して、直観が納得しないときがある。

 

本書タイトルでいう美意識は、デザインや広告などクリエイティブに関する領域かと思われがちだが、ポイントはそこではない。

 

近年、英国ロイヤルカレッジオブアート(RCA)など世界有数の美術系大学は、フォードやビザ、製薬会社グラクソ・スミスクラインといったグローバル企業の幹部に対して美術プログラムを提供している。これらを受ける理由は、数値化が容易でなく、論理だけでは問題点がはっきりと浮かびあがらない状況について、意思決定の判断力を鍛えるためだ。

 

著者は経営戦略コンサルティングの業界で10年間働いた結果、現在に蔓延するサイエンスベースのコンサルティングは限界を迎えたと述べている。そのため本書では、抽象度の高くなりがちなアートとデザインが、ビジネスにおいてどう影響をもたらすのかを具体的なエビデンスでもって明文化されている。

 

本書いわく経営において、アートとサイエンスとクラフト(経験に基づく知識)がそれぞれ主張すると、サイエンスとクラフトが勝つ構図となっている。ビジネスにおける意思決定では、論理と直感の対決では論理が勝つからだ。そして、理性と感性においては理性が優位となる。

 

つまりサイエンスの立場でアートを批判することは容易であるが、その逆は難しいということになる。コンサルティングのマッキンゼーが画期的だったのは、それまで経験値に基づいたクラフト型の企業意識の決定権に、数字を用いたサイエンス式を導入したからだ。「なぜこうなるか」を説明できるアカウンタビリティーがサイエンスの最大の強みだったからである。

 

そして企業活動は、様々な評価指標(KPI)によって計量される。そのやり方はコストとスピード重視であり、数値で表され、他の企業もコピーが可能である。しかし、どの企業も分析重視で舵をとるあまり、結果どこも同じような解に進むコモディティ化が進んでしまった。ならば最初から問題点を解決しにいくアート・デザイン的思考が、最善の回答に近づくのではないだろうかと筆者は検証を重ねた。

 

しかし歴史を振り返れば、過去の優れた意思決定の多くは、感性や直感に基づいていることが多い。絵が描けることは、実際にビジョンが描くパフォーマンスが高いと言う統計結果があるが、そういえば20世紀において強力なリーダーシップを発揮した2人の政治家、ウィンストン・チャーチルとアドルフ・ヒトラーも絵描きだった。

 

ちなみにアーティストでない人にとってドローイングは、目に映る物事の再現または空間における外形をとらえる作業と思われがちだ。しかしドローイングは開発ツールである。即興的に構造化された思考をマッピングする方法としては最速だと実感する。

 

ユニクロにおける佐藤可士和氏や、良品計画におけるアドバイザリーボードの存在など、経営者は近年コンサルタントではなく、デザイナーやクリエイターを相談相手にしている。デザイナーは混沌とした現状を認識し、エッセンスをすくい取って、後は切り捨てることが得意だからだ。そのエッセンスは視覚的に表現すればデザインになるし、文章に表現すれば会社のコピーになる。それはもちろんビジョンや戦略にもなりうるのが容易に想像できる。

 

“芸術の役割は見えるものを表現することではなく、見えないものを見えるようにすることである”

パウル・クレー(1879-1940)

 

本書では、美意識の高い(直観力のある)人間をトップまたは決定権を有するポジションに据え、両脇をサイエンスとクラフトで固めパワーバランスを均衡させるのがよいと語る。アート/デザインの部分の直感が先行指導し、サイエンスが補強する形、つまりコンサルティングを本来の意味で利用するのだ。

 

本書では企業が論理に偏りすぎていたことに警鐘を鳴らしている。もはやマッチポンプ的コンサルティングは終焉を迎えたのかもしれない。となると生産性や効率性の状況に危機感を持つことが、問題解決への第一歩となるのではないだろうか。本書はその舵取りにおける判断材料のひとつに加えても良いだろう。


【オススメ本】龍ブーム『百龍めぐり 関東編』

 

仏像や阿修羅ブームとは一線を画す、本書は龍に特化したガイドブックである。

 

龍の彫刻は、とくに江戸期の超絶技巧による寺社装飾でモチーフにされてきた。掲載される各寺社は、所在地、最寄り駅からのアクセス、宗派、祭神、御朱印、後利益など実用的なデータだ。全国の寺社の由緒とともに、フルカラーで龍の美しい造形と歴史を堪能できる。

 

どんな龍像でも良いわけではなく、本書では都内から2時間程でたどり着くことができる関東から厳選し100寺社を紹介している。単純に龍像を鑑賞するだけでなく、解説を読むことで「学び」という観点からも付加価値がついてくる。

 


山名八幡宮/群馬県


ちなみにヨーロッパでは、『ヨハネの黙示録』の竜に表されるように、たいていドラゴン自体が悪の象徴とされるイメージだ。かたや中国をはじめ日本では、水を司ることから竜神として火災除けや雨乞いの対象として崇められてきた。漁村でも豊漁祈願の海神として広く信仰され、近年はパワースポットの主役キャラクターとして龍が脚光を浴びはじめている。

 

彫刻には木目が美しい傑作もあるが、極彩色で塗られた豪華絢爛な龍も、見る人の心を掴んで離さない。というか単純に見た目でイケている。実際にその姿は力強く、また別の角度から眺めてみると、表情まで変化し、圧倒されつつも見惚れてしまう。

 


龍口寺/神奈川県


日蓮が龍ノ口法難により斬首を免れた場所、江ノ島の龍口寺。実際に足を運ぶと、狛犬のかわり双龍が鎮座。大本堂の天井画には飛龍。向拝には巨大な親子龍が8体。それぞれの龍が睨みを利かせてくる。それにしても想像上の龍という生物が、これだけの数が具現化されていることに驚く。 

 


江島神社/神奈川県


弁財天を祭る江島神社。古来、悪事を働いていた龍は、弁財天に惚れ込み、改心してのちに結婚した伝承があり、以降はこの地を守る守護神とされた。辺津宮境内の池には、真っ白な銭洗白龍王像もあるが、実物は静寂な水の中に佇みつつも荘厳な印象。奥津宮に隣接する竜宮上の龍神も巨大で圧倒される。こうした像は、信仰の対象という側面と、美術品という側面の2つの顔があるのではないだろうか。そしてどちらか一方が存在しなかったとしたら、ここまで人を魅きつけないだろう。

 


冠稲荷神社 聖天宮天井金龍/群馬県


本書の大きさはA5サイズと持ち運びやすい。記載されている寺社も、すべて御朱印がもらえるため、「龍100匹」コンプリートを狙うのもよいかもしれない。何より、休日に散歩がてら足を運んで探索すれば、身体も使い運動不足も解消されるはず。たまには近隣の寺や神社を訪れ、静寂の中に身をおいてみるのはどうだろう。

※画像提供:日貿出版社

 

 

 

 

 


【オススメ本】『地図の物語』創造力の拡張

住居の間取図を見て楽しめる人がいるように、地図を見てその先の光景に思いを巡らせ楽しめる人もいる。地図上から読み取れる地形や街、河川の形状などから、その場所や住む人間達を想像し、あたかも自分もそこにいるような思いを馳せれる心地よさがあるからだ。

 

本書はナショナルジオグラフィックから出版された地図を纏めた一冊である。太古の地図から、空想世界の地図、大遠征や探検の地図、衛星写真の地図まで、人々がどのように世界を捉え、想像し、工夫し、活用してきたかを美しい図版でたどることができる。  

 

マンモスの牙に描かれたパブロフ図

 

冒頭に紹介された写真で目を見開いてしまった。マンモスの牙に描かれた「パブロフ図」。紀元前2万5000年とあるが実はこの図自体、地図かどうか今も議論がなされているそうだ。もし本当に地図だとすれば、これまで最古と考えられてきた紀元前700〜500年頃の古代バビロニアの粘土板(イラク出土)よりもずっと以前の制作物となる。地図とみなす人たちは、チェコ共和国パブロフ市近郊の地図と主張しており、彼らにすると稜線や斜面の浸食まではっきりと表現されているらしい。

 

飛行機によりわずか数時間で大陸を横断し、地球から宇宙を眺めることのできる現代の私たちには、本書で紹介されるような古代人の世界観が理解できかねる。この時代は海を渡ることなど想像外で、自分達が住む陸の形すらよくわかっていなかったはずだ。地図とは、そもそも多くの用途として目的地への経路である。しかし、ときには政治的に利用できる地図もあり、一方で、そこに地図の面白さや魅力を感じてしまう。


 

ヨアン・ブラウによる『大地図帳』

 

世界地図の傑作としてはブラウの地図があげられるだろう。ブラウはオランダ東インド会社の公認地図製作者で、会社が持っていた情報を好きなだけ利用できた。彼が生きた17世紀は地図製作がブームとなり、この地図は当時ひときわ高い完成度となった。ブラウの出版した『大地図帳』は全11巻4608ページにもおよび、594点の地図が収められている。よく見ると北米大陸の北西側は未開拓なのか空白となっており、南極大陸も不確定要素が多いのか描かれていないのも興味深い。


 

 

レオナルド・ダ・ビンチによるイモラの市街図

 

こちらはレオナルド・ダ・ビンチ作。レオナルドは1502年すでに平面図に着手していた。この図は城壁、通り、河川、建物、畑をインクと水彩絵の具で描いたものだ。細かく観てもディテールに正確性があり、とにかく精度が高い。レオナルドは結び目のあるロープやオドメーターを手に歩きながら距離を実測し、縮尺で表したそうだ。彼の存在は、いつでもフィールドを超えて私達の前に表れてくる。

 

メンドーサ絵文書

 

思わずこれが地図?とこぼしたくなるのは、1540年代に描かれたアステカ王国の首都テノチティトランの絵図。図の中央、岩から生えたサボテンの下には都市の名前が書かれ、青い外枠は県外であることを示す湖、斜めの青い線は主要な運河を表す。

デザイン要素も多く含まれるこの図が示しているのは、実際の地形ではなく住民たちが考えていた社会のあり方。4つの概念が区画に分けられて表現されている。鷲はウィツィロポチトリ神の使いの象徴であり、この地に都市を築くようにとクルワ・メシカ族に示している場面だという。ということは裏をかえせばクルワ・メシカ族による統治を正当化する図に見えなくもない。人間が天使から啓示を受けているシーンがよく宗教画に観られるが、そのような印象を受けてしまうのは、創り手の意図を考える私だけであろうか。 

 

『二本の道の書』より冥界への道

 

紀元前18〜20世紀。エジプト、ディール・アル=ベルシャで出土した棺の内部を飾る地図。『死者の書』に先立つ『二本の道の書』の一部が描かれ、死者の魂がオシリス神の住む冥界へたどりつくための2本の異なる道を示している。1本は水路(右側青色)、1本は陸路(右側黒色)を表すとされる。中世ヨーロッパ諸国やイスラム以前のアラブ諸国には「地図」という言葉そのものすらなかった。そもそも世界の真の姿は地図で表現できないと考えられていたわけだ。しかし、その反面この図では存在するかどうかもわからない冥界へとたどりつくための方法が記述されている。

 

本書では、そもそも尺度の概念がない地図もある。これらの地図を、地図と言っていいものだろうかという地図も多く登場する。

現状広く使用されているメルカトル図法を今は画一的に使用しているが、グリーンランドの約14倍もの面積があるアフリカを、この2つはほぼ同じ大きさで表示されている。なぜ地図は北を上に描くのか。宇宙では上も下もないはずだ。

 

このような問いかけは「地図とは何か」「地図に何を求めるか」といったことを私たちに考えさせる。同時に時のはざまに消えていった地図はどうなっていったのか。想像は無限に膨らんでいく一冊だ。

 

※画像提供:日経ナショナルジオグラフィック社



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