【オススメ本】『運慶への招待』

2017年11月、東京国立博物館にて開催された運慶展は入場者数が60万人を超え終了した。

 

運慶といえば平安末期〜鎌倉時代にかけて活躍した仏師だ。東大寺南大門の金剛力士立像はその代表作だが、全身で8m以上もある。重さは7t。制作年は1203年と制定され、つまり800年が経過しているが、今だもって見る者を畏怖させる。当時の人達は阿吽の仁王から凝視されたら、度肝を抜かれただろう。 

 

それにしても驚くのは、仁王2体を69日間で完成させていることだ。もちろん運慶ひとりではなく、慶派工房という集団で制作している。運慶はルネサンスの工房よろしく、漆や金箔を貼る塗師や採食を施す絵仏師など分業制の総監督でもあり、高い統率力もを持ち合わせていた。 

 

本書は運慶の入門解説書である。運慶関連の本は展示会のガイドブックを含め多数出版されているが、本書は実際の作品をフルカラーで眺めながらも見どころを抑えている。B5サイズで持ち運べるし、この一冊で展示会とイヤホンガイドの役割を果たしている。

 

 

 69日間の奇跡

 

面白い対比として、ギリシャの酒神ディオニュソスと運慶作品を比較している。ディオニュソスは紀元前432年に制作された理想的な人体を追及した写実彫刻だ。かたや運慶の仁王は、筋肉自体が生きた人間そのものに迫りつつも、右肘は肩以上に位置させるなど筋骨隆々になるべく各所にディフォルメが見られる。それでも重心は捻った足の上にしっかりと乗り、反対の足は遊脚させて自然なバランスを保っている。

 

 時空を隔てた写実の極致

 

運慶展のメインであったインドの兄弟僧がモデルの「無著菩薩立像」と「世親菩薩立像」。それぞれ全長は2m。玉眼の目をもつ国宝だ。玉眼とは眼球に水晶を使用する技法で、内側から水晶と和紙を貼り中心に黒目を描く。これが本物の瞳のように潤いを与える。運慶以前にもこの技術は存在したが、彼は眼球にカーブを採用しリアリズムを入れた。実際に見ると眼球は湾曲しており、リアルを追及しながらも穏やかな内面が伝わる。精神性の描写が秀逸なのか、これらの像の前に立つとしばらく時が止まる。 

 

 

 

 

 無著菩薩立像と世親菩薩立像

 

仏師は当時どれくらいの社会的ポジションだったか。平安時代には仏師に僧侶の身分が与えられていた。さらに11世紀に「法橋」という高僧に与えれる位も存在した。運慶と息子の湛慶は、さらに2段階上である最高位「法印」まで進んだ。仏を鑑賞する7つの基本も掲載されているため、如来・菩薩・明王・天の違いなどを知れば仏像の見方も変わるだろう。

 

運慶が活躍する以前の平安期の仏像は、起伏の少ない穏やかなスタイルの仏像が主流だった。そこから鎌倉という新たな時代を迎え、運慶は誰もやらないダイナミックな表情を続けた。激動の世を生き抜いた1人の表現者としても、一門を纏めあげるプロジェクトリーダーという面でも魅力的な人間だ。

 

もし実物の彫刻を観ていないとすれば、本書をガイドに生の存在感を体感してほしい。

 

 

画像提供:朝日新聞出版


『PHOTO ARK 動物の箱舟 絶滅から動物を守る撮影プロジェクト』

パンダ・トラ・ゾウ・ライオン・ゴリラ


これらはふだん動物園で見ることができる動物だ。そのせいかあまり意識しないのだが、じつは国際自然保護連合(IUCN)が作成する絶滅のレッドリストカテゴリーにすべて該当している。


カテゴリー「CR:近絶滅種」「EN:絶滅危惧種」「VU:危急種」に分類された動植物は、特に絶滅寸前種と考えられ、哺乳類1194種、鳥類1460種、爬虫類1090種、両生類2067種、魚類2359種、無脊椎動物4553種。つまり約1万3000種の動物がこの3つに分類され、絶滅の危機にある。(2017年1月時点)

 

ニシローランドゴリラ

 

著者であり写真家のジョエル・サートレイは、ナショナル ジオグラフィックと共に「PHOTO ARK(フォト・アーク)」プロジェクトを立ち上げた。これは世界中の動物園・保護施設で飼育されている約1万2000種の動物すべてを記録する活動だ。本書では、そこから絶滅寸前の400種に絞り掲載している。

 

プロジェクトの目的はひとつ。動物の姿を記録し発表することで、絶滅危機にある動物を知ってもらうためだ。「ARK(アーク)」とは箱舟の意味であり、さながら聖書に登場するノアの箱舟のように、地上のあらゆる動物を救おうという「写真の箱舟」がコンセプトなのである。

 

 

ビーズヤモリ

ヤモリの仲間はまぶたがないため、ときどき眼球をなめてきれいにする 

 

 

クチヒゲグエノンの一亜種

親をなくしたこの2匹は野生動物救護活動家に保護された。仲がとてもよく、頻繁に体を寄せ合う

 

 

撮影方法は、白または黒の背景となる照明設備付のテントを用意し、そこに動物を連れてくるところから始まる。背景を黒または白に限定しているのは、画面に余計な要素を排除し、動物本来の表情を見てもらうための工夫だ。おかげで、どの被写体も生き生きと映っている。

 

テント内に入る動物は、小型動物であれば比較的撮影は容易になるが、身体が大きく臆病なシマウマやサイ、ゾウなどはそうもいかない。彼らの場合は後方に背景を設置し、自然光で撮影するのが良いそうだ。足元にシートを置こうとすると、とても臆病で逃げてしまうので何も設置しない。撮影後にフォトショップで床と背景を消していく。

 

地球上には約120万の動物が発見されているが、実はこの数は氷山の一角と考えられている。現在までに発見された動物の95%は無脊椎動物で、ほとんどが昆虫ということになる。魚類・両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類は合計で6万種だが、地球上では主役のように思える脊椎動物も、実は動物全体のほんの一部にすぎないのだった。

 

シロヘリミドリツノカナブン

 

キリギリスの一種。

数千個に1個の確率で色とりどりのキリギリスが孵化する。野生では派手な色のためすぐに食べられてしまうが、研究所内では安全に生存できる

 

 

ゴールデンライオンタマリン

 

知らない動物には愛着が湧かないかもしれないが、本書の写真をただ眺めるだけで、美しいもの、力のあるもの、穏やかなもの、チャーミングなものなど魅入ってしまう。そして名称の隣に記載される表記(EN=絶滅危惧種)を見ると、この動物も今世紀かぎりの滅びる運命かもしれない現実を突きつけられる。


それでも生物の存在を知ることで、絶滅の危機から守れる可能性もある。著者はまず、問題を認識することが解決への第一歩だと語る。もし絶滅危惧種について何も知識がないとしたら、本書はその意識が広がるチャンスかもしれない。

 

アメリカシロヅル

一時は20羽を下回ったが、生息地の保護と人工繁殖により絶滅をまぬがれた

 

※画像提供:日経ナショナルジオグラフィック社

 


【オススメ本】『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』現コンサルティングの終焉

筋が通った正論に対して、直観が納得しないときがある。

 

本書タイトルでいう美意識は、デザインや広告などクリエイティブに関する領域かと思われがちだが、ポイントはそこではない。

 

近年、英国ロイヤルカレッジオブアート(RCA)など世界有数の美術系大学は、フォードやビザ、製薬会社グラクソ・スミスクラインといったグローバル企業の幹部に対して美術プログラムを提供している。これらを受ける理由は、数値化が容易でなく、論理だけでは問題点がはっきりと浮かびあがらない状況について、意思決定の判断力を鍛えるためだ。

 

著者は経営戦略コンサルティングの業界で10年間働いた結果、現在に蔓延するサイエンスベースのコンサルティングは限界を迎えたと述べている。そのため本書では、抽象度の高くなりがちなアートとデザインが、ビジネスにおいてどう影響をもたらすのかを具体的なエビデンスでもって明文化されている。

 

本書いわく経営において、アートとサイエンスとクラフト(経験に基づく知識)がそれぞれ主張すると、サイエンスとクラフトが勝つ構図となっている。ビジネスにおける意思決定では、論理と直感の対決では論理が勝つからだ。そして、理性と感性においては理性が優位となる。

 

つまりサイエンスの立場でアートを批判することは容易であるが、その逆は難しいということになる。コンサルティングのマッキンゼーが画期的だったのは、それまで経験値に基づいたクラフト型の企業意識の決定権に、数字を用いたサイエンス式を導入したからだ。「なぜこうなるか」を説明できるアカウンタビリティーがサイエンスの最大の強みだったからである。

 

そして企業活動は、様々な評価指標(KPI)によって計量される。そのやり方はコストとスピード重視であり、数値で表され、他の企業もコピーが可能である。しかし、どの企業も分析重視で舵をとるあまり、結果どこも同じような解に進むコモディティ化が進んでしまった。ならば最初から問題点を解決しにいくアート・デザイン的思考が、最善の回答に近づくのではないだろうかと筆者は検証を重ねた。

 

しかし歴史を振り返れば、過去の優れた意思決定の多くは、感性や直感に基づいていることが多い。絵が描けることは、実際にビジョンが描くパフォーマンスが高いと言う統計結果があるが、そういえば20世紀において強力なリーダーシップを発揮した2人の政治家、ウィンストン・チャーチルとアドルフ・ヒトラーも絵描きだった。

 

ちなみにアーティストでない人にとってドローイングは、目に映る物事の再現または空間における外形をとらえる作業と思われがちだ。しかしドローイングは開発ツールである。即興的に構造化された思考をマッピングする方法としては最速だと実感する。

 

ユニクロにおける佐藤可士和氏や、良品計画におけるアドバイザリーボードの存在など、経営者は近年コンサルタントではなく、デザイナーやクリエイターを相談相手にしている。デザイナーは混沌とした現状を認識し、エッセンスをすくい取って、後は切り捨てることが得意だからだ。そのエッセンスは視覚的に表現すればデザインになるし、文章に表現すれば会社のコピーになる。それはもちろんビジョンや戦略にもなりうるのが容易に想像できる。

 

“芸術の役割は見えるものを表現することではなく、見えないものを見えるようにすることである”

パウル・クレー(1879-1940)

 

本書では、美意識の高い(直観力のある)人間をトップまたは決定権を有するポジションに据え、両脇をサイエンスとクラフトで固めパワーバランスを均衡させるのがよいと語る。アート/デザインの部分の直感が先行指導し、サイエンスが補強する形、つまりコンサルティングを本来の意味で利用するのだ。

 

本書では企業が論理に偏りすぎていたことに警鐘を鳴らしている。もはやマッチポンプ的コンサルティングは終焉を迎えたのかもしれない。となると生産性や効率性の状況に危機感を持つことが、問題解決への第一歩となるのではないだろうか。本書はその舵取りにおける判断材料のひとつに加えても良いだろう。



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